北本ニコニコハウス

こちらのお宅の特徴は、1階と2階が別々の玄関になっており、どちらも、キッチン・お風呂・トイレなどがあること。つまり、それぞれのフロアで、好きな使い方が出来るということ。

例えば、2階に住みながら1階では

・受講者を集めるような子供の教室や絵画教室など

・工房やアトリエなど製作スペース

・ギャラリーや雑貨店

・小さな食堂やお弁当お惣菜のお店・会員制のシェアキッチン

などなど、あなただけの使い方が可能です。近所のおうちでは、自宅の庭先を利用したカフェがオープンするなど、個性的でアットホームなお店がいくつかあるそうです。南向きの窓から光が差し込み、間取りも入り組んでいなく、全体的に長方形のお部屋の為、お店や事務所として利用するには、とっても使いやすい間取りなのも特長です。

もちろん普通に、1階と2階を別々に借りることもでき、共に住居としてのご利用もできます。ただ、せっかくなら、なにか地域のための場所になったり、おうちCAFEの様なユニークな使い方ができないかと、こちらのお宅のオーナーである、㈱ニコニコ屋の斉藤さんから、暮らしの編集室へと相談を頂きました。

㈱ニコニコ屋は、こちらのお宅から北本駅方面へ、歩いて数分の場所にある水道屋さんです。北本駅東口から、北へのびる「北本浅間通り商店街」で、長年にわたりお店を営まれています。

お店や地域のことについて、ニコニコ屋の2代目である、齋藤隆さんと奥さんの○○さんにお聞きしました。

ニコニコ屋のはじまりは、今から60年前にさかのぼります。隆さんのお父さんであり、お店を始められた先代の齋藤○○さんは、鴻巣市間室の農家の出身で、第2次世界大戦後にシベリア抑留を経て、日本へ引き揚げになったそうです。戦後は国鉄の荷役となり、働いていた時に、ちょうど今のニコニコ屋さんの物件と出会い、約60年前に購入して暮らし始めました。

現在の浅間通り商店街は、実は当時の旧中山道に面しており、今よりもずっと賑やかだったそうです。はるのや・あずまや・みさきや などの飲み屋が軒を連ね、通りにはクラブブラジルなんてお店もあったそう。先代の○○さんは、この辺りの、とても賑やかな雰囲気を気に入り、購入を決めたそうです。最初の頃は、国鉄が休みの日に副業として、薪や炭を売る燃料屋を始めたそうですが、その後、体を壊されたことも契機となり、国鉄をやめて、燃料屋として本格的に事業を始められました。時代は昭和30年頃、当時は薪や炭が主力商品でしたが、次第にガスや石油などに商品も移り変わっていき、現在では息子の隆さんが2代目として、水道設備専門のお店として事業を営まれています。(今回のお宅は先代が購入された物件とのこと)

それにしても、燃料屋さんから始められて、なぜ「ニコニコ屋」というユニークな名前なのか。インパクトありますよね。その理由も先代の頃にあります。約60年前に先代がまだ国鉄へとお勤めだったころ、家では奥さんが、御徒町の「二木の菓子」から菓子を仕入れ、駄菓子屋を始められたそうです。(とてもアクティブなご夫婦ですよね)

初めた頃は、齋藤商店と名乗っていたらしいのですが、近所に斎藤木材や斎藤傘屋があり、なんだか分かりずらい。「いい名前無いかしら」と付き合いのあった問屋に聞いたところ、候補が3つあり「覚えやすくて響きがいい」との理由で、ニコニコ屋と名乗り始めました。その後、先代が本格的に燃料屋を始めるときに、会社名をニコニコ屋としたのが、お店のはじまりだそうです。

燃料屋から始められ、ガスの普及と水道メンテナンスの必要性から、現在は水道屋として事業を営まれている、今のご商売の様子を、隆さんに伺いました。

「古いお客さんも多いから、商売はぼちぼちでやっています。あんまり忙しいと気持ちがささくれ立ってくるから、ぼちぼちが一番。お客さんは北本と隣町まで。電話があれば当日か数日中に、必ず行くようにしています。修理はすぐに出来ないかもしれないけれど、行って見るだけでもお客さんは安心してくれるから」

最後に、地域に対する想いをお聞きしました。

「このあたりの地域も、お年寄りが多くなってきて、何となく元気が無くなってしまったよね。やる気のある人や若い人が、この場所を気に入ってくれて、地域に根差してうまく使ってくれれば嬉しいね。」 (暮らしの編集室 岡野高志)

DATA

物件名北本ニコニコハウス
所在地埼玉県北本市北本2丁目
面  積1階 54.65㎡ / 2階 54.65㎡
※   詳しい内容は暮らしの編集室へお問い合わせください。

担当不動産会社 株式会社 ケイエイホーム